山口地方裁判所下関支部 昭和49年(ワ)100号 判決 1976年10月27日
原告
永田敏春
被告
後藤自動車交通株式会社
主文
一 被告は原告に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一二月二四日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
一 被告は原告に対し金七〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一二月二四日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
(被告)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 昭和四八年一二月二三日午前零時四〇分頃、下関市大字松小出二丁目六九番地先国道二号線上において、訴外久保幸雄運転の普通乗用自動車(山五五う一九七六、以下被告車という)が道路横断中の訴外松井二三子と衝突し、二三子は頸椎骨折により即死した。
二 被告は被告車の運行供用者である。
三 二三子は、戸籍上は昭和三九年一〇月七日訴外松井秀一との婚姻届出をなし、同年一一月二七日長男一、同四一年一月四日長女たか子をもうけているが、同年一月二一日頃、夫婦別居し、夫秀一は行方不明となり、昭和四四年五月二九日には本籍地の町役場備付の住民票からも消除され、一、たか子は祖母松井たつが養育していたが、たか子は訴外川野誠、チヨ夫婦の養子となつて現在に至つている。
一方、二三子は昭和四三年六月頃から原告と事実上の夫婦生活を営み、鳶職をしていた原告と共に働き、本件事故にいたつたものである。
右のように、原告と二三子の関係は一応重婚的内縁関係にあつたものではあるが、二三子の夫秀一は前記のように行方不明であり、その婚姻は形骸化したものに過ぎないものであり、六年余にわたつて生活を共にしてきた原告は二三子死亡による精神的苦痛を償うべき慰藉料請求権を有するものというべく、その金額は金七〇〇万円が相当である。
四 よつて、原告は被告に対し右慰藉料金七〇〇万円及びこれに対する二三子死亡の翌日である昭和四八年一二月二四日以降完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する答弁)
一 請求原因第一、二項の事実は認める。
二 同第三項については二三子が原告と内縁関係にあつたことは認めるが、損害額は争う。原告と二三子の関係は重婚的内縁関係であるから、原告には慰藉料請求権は生じないものである。
(抗弁)
仮に、被告に責任ありとしても、本件事故発生には二三子にも次のような過失があつたから、これを斟酌されるべきである。すなわち、本件事故現場は交通量の多い国道二号線上であり、事故現場から約七〇メートル離れたところには横断歩道橋が設置されているのであるから、二三子は、右歩道橋を利用すべきであり、仮に道路を横断するのであれば、事故当時は夜間でみぞれが降つており、路面も濡れていたから車両の通行に注意して横断すべきであるにもかかわらず、これを怠り、被告車と対向進行していた大型トラツクの通過直後、被告車の方向の安全確認をしないまま道路を横断した過失がある。
(抗弁に対する答弁)
二三子に過失があつたことは否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。
二 被告は本件事故の発生については二三子にも過失があつた旨主張するので検討する。
いずれも成立に争いのない甲第二二号証、第二四、二五号証、第二七号証、第二九号証、証人久保幸雄の証言(後記措信しない部分を除く)及び検証の結果を総合すれば次の事実が認められ、右認定に反する証人久保幸雄の証言部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 本件事故現場は、関門トンネルから広島方面に通ずる国道二号線上で、国鉄長府駅の東方約二〇〇メートルの地点であるが、付近は幅員約一三・六メートルのアスフアルト舗装の車道となつていて、その外側は幅員約〇・八メートルの縁石で区別された歩道が設けられていること、本件事故現場付近は下関方面から広島方面に向つてゆるやかな右カーブとなつているが、見とおしは良好であること、事故発生時は夜間で上り、下りとも一分間に三、四台程度の自動車が走つていたが、付近に照明設備がなく、小雨模様で路面は濡れていて、被告車の前照燈では前方に佇立する者を手前約四〇メートルで人影らしいものとして発見でき、約二三メートルに接近するとはつきり確認できる状況であつたこと、なお、衝突地点より下関寄り約七〇メートルの地点には横断歩道橋が設置されていること。
(二) 訴外久保幸雄は、被告車を運転して、時速六〇キロメートルで下関方面から広島方面に向つて左側車線の中央線より〇・九メートル内側付近を進行してきたが、前方の中央線付近を右から左へ横断中の二三子と原告の実母みつのを約一一メートルに接近してはじめて発見し、急制動の措置をとるとともに左に転把したが間に合わず、約〇・六メートル進行した二三子に自車右前部を衝突させ、二三子は約一八メートル前方に跳ねとばされて転倒死亡し、被告車は衝突地点から約三三メートル進行して車道外にはみだして停止したこと。
右認定事実によれば、訴外久保においては、右のように夜間で小雨のため視界も悪かつたのであるから進路前方及び左右を注視するのは勿論、適宜減速して衝突事故の発生を未然に防止すべき義務を怠り、漫然時速約六〇キロメートルで進行し二三子の発見がおくれた過失があることは明らかであるけれども、他方二三子においても余り遠くないところに横断歩道橋が設置されているのであるから、これを利用するか、道路を横断するにしても、被告車の動向に注意して慎重に横断すべきであつたにもかかわらず、漫然と被告車の進行に注意を払わないで被告車の進路前方を横断したもので、右は二三子の過失というべく、両者の過失割合は概ね五対五と認めるのが相当である。
三 次に、原告の損害について検討する。
原告と二三子が本件事故当時重婚的内縁関係にあつたことは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第五号証、第一二号証、第三二号証、第三三号証の一ないし四、証人江見栄子の証言とこれによつて真正に成立したと認められる甲第一三ないし第一五号証の各一、証人山内武の証言とこれによつて真正に成立したと認められる甲第八号証の一、証人峯岸きよの証言とこれによつて真正に成立したと認められる甲第一一号証、証人鶴我重明、同松井たつ、同川野誠、同川野チヨ、同安西なかの各証言、原告本人尋問の結果とこれによつて真正に成立したと認められる甲第六、七号証の各一を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
二三子は、昭和一五年一一月二〇日千葉県安房郡豊房村で安西幸一、なか夫婦の二女として出生し、昭和三九年一〇月七日、本籍同県山武郡九十九里町片貝三八二二番地の漁師をしていた松井秀一(昭和九年四月九日生)と婚姻の届出をして九十九里町で夫婦生活をはじめ、長男一(昭和三九年一一月二七日生)、長女たか子(昭和四一年一月四日生)をもうけたが、右長女出産の直後ころ、夫婦不仲となり、二三子は家出し、秀一もまもなく所在不明となり、長男一は同町居住の秀一の母たつが育て、長女たか子は、数年間、館山市で二三子の母なかに育てられた後、九十九里町居住の川野誠の養子となり、同夫婦に育てられていること、他方、夫秀一と別居した二三子は千葉県鴨川市の飲食店「ひさご」で働いていたが、昭和四三年六月ころ、鳶職をしていた原告と知り合い、以後事実上の夫婦として、神奈川県秦野市、群馬県太田市、東京都板橋区、岡山県倉敷市などを仕事先の都合で転々とした後、昭和四八年一〇月以降本件事故にいたるまでは下関市長府町松小田二町江ノ口三番地芦村アパートで原告、原告の実母と三人で暮していたこと、原告は二三子と同棲するようになつた当初、二三子を独身と思いこみ、正式に婚姻の届をなすことを望んでいたが、前記のように各地を転々としたことや、二三子の方で入籍手続をなすことに協力的でなかつたことから延引していたものであるが、後には同女に戸籍上の夫や子供がいることを感づいていたこと、本件事故に関し、前記たか子の養親、一を養育している松井たつ、二三子の実母安西なかは応分の賠償金を得たいと望んでいること。
以上の事実関係によれば、二三子と夫秀一の関係は全く破綻して事実上離婚状態の形骸化したものであるのに対し、原告と二三子の関係は事実上の夫婦として約六年にわたつて社会生活をなしてきており、重婚的内縁関係にあつたとしても、原告は当初善意であり、二三子の家族関係等を考えると、同女が秀一との関係を法律的に清算していないことをもつて直ちに責め難い面もうかがわれ、これらの事情を総合すれば、原告は内縁の夫として二三子死亡により、配偶者に準じてその精神的苦痛を償うべき慰藉料請求権を有するものと認めるべきである。
そこで、右慰藉料額を検討するに、前記認定の本件事故の態様、過失割合、他の賠償請求権者の意向、前出甲第二五号証によつて認められる。原告が行つた二三子の葬儀には訴外久保幸雄も参列し、被告会社は花輪一対を供えた外、葬儀の諸雑費として一〇万円、葬儀費一切の負担をしていることなど本件に現れた一切の事情を総合すれば、原告の慰藉料は金三〇〇万円をもつて相当と認める。
四 以上の次第で、原告の本訴請求は右慰藉料金三〇〇万円及びこれに対する二三子死亡の翌日である昭和四八年一二月二四日以降完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 梶本俊明)